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▲「京都まなびの祭典」での公演
 (精華町けいはんな住友ホール、1994年9月)

 
  【初盆の家をめぐる踊り組】
   山城町域の平尾から南に、初盆を迎えた新棚(あらのたな)の家をめぐって踊る盆踊が継承されてきた。踊りの集団は、中・近世から在る垣内や郷を基盤として組織され、平尾では笹の葉踊、花小踊とよばれ、椿井以南ではしょうらい踊といわれてきた。集団は平尾に3組、神童子、北河原、椿井に2組、上狛に5組、計12組があった。
 近世には7月14日から翌朝にかけて、太陽暦となった明治以降は8月14日夕方から踊られてきた。
 近世からの上狛村を例として、踊のならわしをみてみよう。
 踊りはすべて男子によっておこなわれ、15歳から35歳までの若衆が中心となり、家を持っている35歳以上の中老衆やおとな衆が1戸に1人は必ず踊り場へ出ることになっている。大団扇(うちわ)を手にするシンポチ(新発意)と呼ばれる指導者に率いられ、胸に羯鼓(かんこ)を着け、背中に御幣を付けた4人の羯鼓打ちが踊りの中心である。この役は15歳の少年の役目となっている。まわりを12、13歳の少年が青竹の先を4つに割り、その1本ずつに切紙を巻いた「4つ竹」を立てて鳴らしてはやす。音頭とりは4、5名で務め、1節歌うと、続いて白衣を着て団扇やサイハライを持っている大勢の人たちが歌を続ける。踊り手のまわりを「がわ」という。鉦(かね)と太鼓が歌にあわせて打たれる。
 歌曲は各組ごとに10曲から20曲あるが、はじめに「いり(れ)は」を踊り、ついで故人にふさわしい曲を踊る。子どもなら「地蔵踊」を、女性なら「潮汲み」や「妹背」を、村のために尽した人なら「なもで」や「じゅんやく踊」を、という具合である。じゅんやく踊は、5、6人の太鼓打ちが踊りながら太鼓の廻り打ちをする。
 踊り集団は、まず自らの郷内をまわり、そのあと村中を廻っていく。大太鼓を先頭にして新棚の家をめぐっていく。台車にのせた太鼓を綱で引く役目は、6歳から12歳の男女の子どもである。
 踊り歌は、中世末期に流行した小歌(流行歌謡)の流れをひいているものと、念仏をはやしとする歌があり、念仏踊から小歌を主とする風流踊への筋道を示していると考えられている。歌本は親から子へと代々書き写されて今に伝えられてきたものである。
  【新仏を祭る棚の家】
   新棚の家は表の縁側に新仏を祭り、「カド」といわれる前庭に長い竹を立てて、その先に切子灯籠を吊るして火をともし、目印としていた。
 「人々は、死者の霊もおなじように灯籠の火をめあてに帰ってきて饗応(きょうおう)をうけると考えて、踊り手たちをもてなし、それをもって亡霊に対する最上の供養とみなした。盆に帰ってくる霊魂の群れが、踊り手の群れのイメージと重なりあい、部落の辻から家のカドへやってくると考えられてきたといってよいだろう。」(原文通り)何度となく、気さくに南山城まで来てくださった「民俗史学」の故高取正男さんは、人びとの想いをこんなふうにまとめておられた。
  【念仏踊がさかんだった室町から戦国】
 
▲「京の郷土芸能まつり」出演の記念写真
  2001年2月
 室町末期から戦国期にかけて、大和では念仏踊が大流行となった。興福寺の高僧の日記に、数多く書き留められている。「此間夜々古市城外においてヲトリ念仏之れ在り燈炉ヲカツキツレテ半更(夜半)に至る、鉦鼓声々之れ在り」などのように、毎年7月14日から19日にかけて「念仏風流」「念仏之踊」は「連夜」のことであった。盆踊としてこの地に留まった精霊踊の源流の姿だろうか。山城、大和、伊賀、甲賀などでも、さまざまの踊りに繋(つな)がっている。
 精霊踊は地域によっては戦後まで続けられてきたが、今は、京都府登録無形民俗文化財として、「しょうらい踊り保存会」によって保存継承されている。
 
  ※山城町史本文編、城南郷土史研究会「やましろ」17号を参考にしました。

 
■著者プロフィール■

昭和7年生まれ
 38年間、山城地域の小・中学校に勤め、現在、城南郷土史研究会 代表。
山背古道探検隊長。
 「木津町史」、「山城町史」などの町村史と「京都府の地名」(平凡社)、「山城国一揆」(東大出版会)、「けいはんな風土記」(同朋社)などの編集や執筆に加わってきた。

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