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▲富本銭(上)と和同開珎(下)

 

 「平城京内に官営の市場が東西に2つおかれ、和同開珎(わどうかいちん)という日本最初の貨幣もつくられました。」中学2年生の社会の教科書には、奈良の都の様子がこのように書かれていた。
 ところが平成11年1月、日本古代史や貨幣史の通説を覆す一大発見があった。
 奈良県明日香村の飛鳥池(あすかいけ)遺跡から「富本(ふほん)」と文字のある銅銭、「富本銭(ふほんせん)」が33点も出土したのである。これまで富本銭は藤原京・平城京跡などから数点見つかっているが、年代が特定できず、奈良時代の厭勝銭(ようしょうせん(まじない銭))であると考えられてきた。
 今回の富本銭は、7世紀後半の地層から出土した。また、「丁亥(ひのとい)年」(687)と記された伴出木簡(もっかん)の年代などから、『日本書紀』天武12年(683)4月の条に記される銅銭に該当し、富本銭が708年発行とされる和同開珎に先立つ日本最古の貨幣であることが明らかになった。
 ただ、出土量が少ないことなどから量産・流通に疑問がもたれていたが、平成11年7月、富本銭の鋳型片約3300点を始め富本銭の破片や鋳竿(いざお)、るつぼ、ふいごの羽口(はぐち)、溶銅、銅滓(どうさい(銅のかす))、炭などが見つかり、少なくとも1万枚以上が鋳造されていたと推定され、流通を目的として大量に生産されていたことが証明された。
 今後、全国で出土例が増え、調査研究が進めば、より具体的に富本銭の貨幣価値や流通範囲などが明らかになるであろう。さらには、冒頭に記した教科書の書き換えも必要になるものと思われる。
 さて、日本最初の貨幣の地位を富本銭に譲った和同開珎は、どこで造られていたのであろうか。文献史料からその存在が明らかなものは、河内・山城・大和・長門(ながと)・周防(すおう)などの地域である。
 それでは、山城国ではどこで鋳造されていたのであろうか。天長4年(827)7月の太政官符(だじょうかんぷ)に岡田という所に鋳銭司(ちゅうせんし(造幣局))がおかれていたことがみえる。また、『日本三代実録』貞観(じょうがん)7年(865)9月の条に山城国相楽郡岡田郷にかって、鋳銭司の山(銅山)があったことがみえ、遺称地名などから加茂町にあったと考えられている。

 国道163号沿いの木津川の右岸に面する段丘上に、加茂町大字銭司(ぜづ)という地名がある。ここでは、明治初年頃から、農作業や道路工事の際に、和同開珎(銀銅銭)などの遺物が出土していたが、大正12年・昭和47年の調査でるつぼ片・ふいごの羽口片。古瓦・焼土層、炉跡・銅滓・凹石・瓦器片・羽釜片などが発見された。また、金鋳山(きんじゅざん)・金谷(かなたに)・山金谷・和銅・鍛冶山などの鋳造に関係の深い小字名が多く残っている。
 この地に鋳銭司がおかれていた理由は、第1には、鋳型を作るための良質の粘土が産したこと、第2に、古くから鋳銅技術者がいたこと、第3には、中央政府に近く木津川の水運に恵まれていることなどが考えられる。もちろんこのほかに、銅鉱脈や豊富な燃料が供給できることも鋳銭司が設置された理由でもあることはいうまでもない。鋳司には、奈良時代と平安時代初期に前後70数年間にわたって鋳銭司がおかれ、和同開珎のほかに、萬年通寶(まんねんつうほう)・神功開寶(じんごうかいほう)・隆平永寶(りゅうへいえいほう)の4種類が鋳造された。

▲和同開珎鋳造の碑(鋳司小字金鋳山)

 和同開珎は、全国で2000枚以上の出土があるが、遠くは海を越え、渤海国(ぼっかいこく)でも見つかっている。また、1970年には、かつての唐の都長安で和同開珎の銀銭5枚が発見された。おそらく、日本から海を渡った遣唐使や留学僧が携えていったものであろう。ひょっとすると、唐土で見つかった和同開珎はこの岡田鋳銭司で鋳造されたものであったのかもしれない。
 銭司の浜に立って、眼前を滔々(とうとう)と流れる木津川を眺めていると、色々なことが頭を過(よぎ)る。歴史を学ぶことは、想像力を豊かにしてくれる。実に楽しいものである。

 
■著者プロフィール■
西脇一修(にしわき かずのぶ)
(昭和24年9月15日生)
 現在 久御山町長寿健康課長、京都府文化財保護指導委員
主な著書
「京都府の地名、日本歴史地名大系26」(平凡社)
「久御山町史 全3巻」(久御山町)
「目で見る南山城の100年」(郷土出版社)
「京都・山城寺院神社大辞典(平凡社)」ほか

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