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▲飛行神社

 
 鳥のように大空を自由に飛んでみたい。
 人間が大空に関心を持つようになったのは、随分古いことであろう。ギリシャ神話のイカロス・ダイダロスの話をはじめ、『古事記』『日本書紀』に見える天の岩船、さらには羽衣伝説、久米の仙人の話など、多くの物語や古代の遺跡にその痕跡をとどめている。
 さて、人間が現実に空を飛ぶことができるようになったのは、今世紀に入ってからのことである。世界最初の動力飛行に成功したのは、アメリカのライト兄弟であることはよく知られているが、わが国でも同時期、いやそれ以前に動力飛行の実験に成功した人物がいた。日本航空界の先駆者といわれる二宮忠八である。
 『二宮忠八小伝』(飛行神社発行)によると、忠八は、慶応2年(1866)6月9日、愛媛県の八幡浜市に生まれた。
 明治20年(1887)5月、丸亀の歩兵第十二連隊付の看護卒として入隊し、明治22年11月に行われた機動演習中、樅ノ木峠(現香川県仲南町)で昼食をとっていると、兵士の残飯に群がる数10羽のカラスが谷を横切り、翼を広げたまま固定翼で滑空する姿に興味を持った。当時、世界の飛行研究家の多くが、鳥の羽ばたき飛行を外見的に模倣したのに対して、忠八はこのカラスの飛ぶ姿から、空飛ぶ機械発明のヒント(飛行原理)をつかんだのである。
 その後、研究を続け明治24年にゴムひもの反動力を利用して、4枚羽根のプロペラを回すカラス模型飛行器を開発した。しかも、飛行器には、車輪(前1輪・後2輪)が付いていた。そして、飛行実験が4月29日の夕方、丸亀練兵場で行われた。飛行器は、地上を滑走して浮き上がり、約30メートルの飛行距離を記録した。
 さらに2年後の明治26年10月には、前羽で浮揚して後羽で推進する玉虫の飛ぶ姿をモデルに、人が乗って飛ぶことを目的とした玉虫型人力模型飛行器を完成させた。折りしも、翌年に日清戦争が起こり、従軍した忠八は考案した玉虫型飛行器の設計図に、軍用に供用する旨の上申書を添えて再三にわたり提出したが、ことごとく却下されてしまった。
 失望した忠八は、陸軍を除隊して大阪の製薬会社に入社した。ある日、綴喜郡八幡町にある石清水八幡宮に参拝した折、故郷とよく似た八幡の地名に懐かしさを覚え、ここに家を構えた。そして、経済的な基盤が整ったこともあり、再び飛行器の製作に取り組んだ。ところが、明治36年12月17日にアメリカのライト兄弟が、動力による人類初の飛行に成功したことを知り、飛行機の研究を断念した。
 やがて世界は、飛行機の時代へと移り変わり、その実用性は飛躍的に向上した。しかし、その反面、事故による犠牲者も多くなった。忠八は、天翔る夢を抱いた者として、これを見逃すことができなかった。



▲カラス型模型飛行機(複製・飛行神社蔵)
 大正4年(1915)八幡の自邸内に、航空殉職者の慰霊を目的として祠を建てた。これが飛行神社(八幡市八幡土井)の起こりで、航空関係の神社としては、恐らくわが国唯一のものであろう。神社は、男山の懐に抱かれ、放生(ほうじょう)川に架かる安居橋を渡ったすぐのところにある。
 神社の境内には、かつての自衛隊の主力戦闘機のエンジンや旧海軍ゼロ戦のプロペラなどが置かれ、私たちが見馴れている神社とは趣を異にしている。また、同所にある資料館には、忠八が考案したカラス型模型飛行器をはじめ玉虫型人力模型飛行器など、多くの航空関係資料が展示されている。
 神社では毎年、忠八が初めて飛行器を飛ばした4月29日に、世界の航空機事故の犠牲者を供養する例祭が営まれる。
 二宮忠八は、昭和11年(1936)4月8日、71歳でその波乱に富んだ生涯を閉じたが、彼の発明した動力式飛行器は、ライト兄弟に先行する世界的な業績であることが、大正10年5月に認められた。その後、忠八の名前は世界の航空史に、永遠に残されることになったのである。
 今、忠八は八幡市の神応寺山上の奥津城(おくつき)に、妻寿世とともに静かに眠っている。

 
■著者プロフィール■
西脇一修(にしわき かずのぶ)
(昭和24年9月15日生)
 現在 久御山町長寿健康課長、京都府文化財保護指導委員
主な著書
「京都府の地名、日本歴史地名大系26」(平凡社)
「久御山町史 全3巻」(久御山町)
「目で見る南山城の100年」(郷土出版社)
「京都・山城寺院神社大辞典(平凡社)」ほか

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