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▲青谷中梅林(城陽市役所提供)

 
 年が明けると共に、梅の開花が楽しみに待たれます。今回は、京都府下最大の梅林、青谷梅林について記すことにしましょう。

知られざる梅林
 青谷梅林の起源については、鎌倉時代とする書物もありますが、確実な史料の存在は、江戸時代にまで降ります。青谷梅林は、烏梅(うばい)生産の盛況(せいきょう)によって、遅くとも江戸後期には、広大な梅林が形成されていたと思われます。「烏梅」は、江戸時代、紅花染(べにばなぞ)めの色素定着剤として使われました。青谷の烏梅は、京・大阪の紅粉屋(こうふんや)に、木津川の水運を利用して出荷されたのです。
 しかし、江戸期・明治前期に於いて、青谷梅林は知られざる梅林でした。当時、月ヶ瀬梅渓は既(すで)に全国に名高く、桃山の梅林も多くの文人が訪れましたが、青谷梅林は、繁華な長池宿の傍(そば)にありながら、当時の紀行文や詩歌に殆(ほと)んど見られないのが不思議です。

青谷保勝会と『青谷絶賞』
  明治29年、奈良鉄道が開通、明治31年青谷保勝会が設立されるに及んで、青谷梅林は、新名勝として俄(にわか)に世人に注目されるようになりました。
 青谷保勝会の活動で特筆すべきは、文学作品によって梅林発揚(はつよう)を企(くわだ)てた点です。明治31年の『日の出新聞』には、保勝会発会式に参加した文人の観梅紀行が載せられています。
 明治33年保勝会発行の『青谷絶賞』は、紀行文と詩画によって、世人に青谷梅林を紹介すると共に、文人達の遊情(ゆうじょう)を曳(ひ)く為に著(あらわ)された書物です。
 少し訳文で読んでみると、まず播磨崎(はりまざき)に登っての記述、「山上から見渡すと、奈良・大阪の諸山が霞の中に連なり、眼下には木津川の流れが白く輝きながらうねっている。そして我が身はかぐわしい雲の中に彷徨(さまよ)い、人世の外にいる思いがする」。次に青谷川辺りの描写、「この辺りは実に梅渓の深奥であり、両岸より山腹に至るまで、万株の梅が一面奇観を成している。遙かに眺めると白雲が松を廻(めぐ)るようであり、通り抜けると白銀世界に入ったようである」。
 梅林の美しさに陶酔(とうすい)するかのように歩き回る作者は、夕方、多賀との境、当時最も梅の多かった白坂・大谷の梅に言葉を失う程に感動し、青池の畔(ほとり)に夜の梅を観賞してクライマックスを迎えるという趣向(しゅこう)です。『青谷絶賞』を読むと、当時の青谷梅林が、今日に比(ひ)すべくもない程、広大なものであったことに驚きます。
 明治30年代以降、青谷には多くの人が訪れ、その盛況を新聞は「来観人は踵(きびす)を接する程なりき」と伝えています。さらに『日の出新聞』の詩歌欄には、季節になると、青谷梅林を詠んだ作品が決まって載るようになりました。



▲明治の青谷梅林(「青谷絶賞」青谷八景画より)
近現代の詩歌
 青谷梅林を詠んだ歌をあげましょう、
@山城の久世の梅林花満てり
 逢ひ難(がた)きものに逢へりと我が見む
A梅林(うめばやし)と行きかく行き見もあかず
 しばしば木々の下枝をくぐる
B梅の木の冬木のしたの薤(おほみら)は
 むらさきふかき花を敷きたり
 @は窪田空穂の歌。「山城の久世」は万葉の歌を下敷きにした表現。昭和の初年頃の作。Aは、「老いらくの恋」で知られる川田順の作。敗戦直後に詠まれたものです。Bは、尾山篤二郎『草籠』所収。「薤」は、らっきょうのこと。かつて梅の木の下で栽培されており、「青谷らっきょう」として出荷されていました。可憐ならっきょうの花を詠んだ、珍しい歌です。
 最後に、2002年地元在住の梅原恭仁子さんが、随筆『青谷梅林の春』を出版されたことを加えておきましょう。地元の人ならではの、得難い味わいのある書物です。




■著者プロフィール■
小西 亘(こにし わたる)
 
1958年、南山城村に生まれる。82年より京都府立高校に勤務。現在府立南陽高校国語科教諭。『注釈青谷絶賞』『「月瀬記勝」梅蹊遊記訳注』執筆。

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