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▲城ノ内という地名が残る現在の山城町椿井地区

 
 じっと夜空を仰いでいる男がいた。椿井新城に忠勤する家臣、その名は真田往等という。彼には妻がいた。このご時世のことだから、男女は思うがまま契りを結ぶ。そんななか「巧名が辻」の夫婦がごとく、二人は人も羨むばかりの夫婦ぶりである。さらに往等は武勇、知略に秀でて、ことの誠を誰にも憚らず説く潔癖さであった。
 往等の妻、仁美はすぐに目立つ器量よしであった。鮮やかな黒髪、均整のとれた躰。さらには銀の鈴の音色がごとく涼やかなる声色。誰に対しても柔らかな物腰と優しさが心底滲み出ていたためだろう、皆が少なからぬ好意を抱く美人であった。
 だが、それに反し、城主は少し異なっていた。名を狩野鳥羽上鉄衛門という。ことにお上への忠誠心は全てに一貫している。足利将軍の妻、日野富子の命には実に忠実であった。関所を設け、「上がりをさらに多く持参せよ」と言うお達しにも率先して動いた。だが、往等はそれをよしとはしない。けれど彼はあくまで狩野が家臣なのである。矛盾を感じつつも主命に従わざるを得なかった。

「およしなられませ。関所を強化するのは。民が憂いておりまする」と、往等が主人をなだめていた。
「たわけ、わしは出世するのじゃ。こんな田舎城の主などでおるものか。そのためには是非に上がりを増やさずにはおられぬ。もう二度と言うな」
「・・・・・・」
「ところで、そなたら夫婦は実に仲が良いと聞く。今夜は酒宴を催す。夫婦でみえられよ」
「ははっ」

 当時賓客をもてなす最高の形式は茶会席である。最初はお茶を頂く。続いて、前菜として鮎の煮付けと竹の子の湯がきに焼き味噌をあしらえたもの。器もなかなかしゃれた鹿背山焼である。しばらくすると、鯉の洗い。それを三杯酢で頂く。当然酒の方も進む。そして、雉の焼けた食べ頃のものが運ばれた。さらに、削り大根と鮑のなます。・・・閉めは椀ものとして柚と白い団子状のものがういたすまし汁が出された。香ばしさばかりでなく品性もある。妻はこの不思議なご馳走の数々がよほど嬉しかったらしい。夫は、無頓着に箸をいれたが、妻は一つ一つを目で眺めゆっくり味わった。そのぶん夫の酒量は増えている。
 酒宴というのに、この部屋にはいつしか三名だけとなっていた。だが、普段は酒に足下をすくわれることなど無い往等だったが、今宵はいつになく上機嫌である主の笑顔に安心してか深い眠りに陥り、不覚を取ってしまったらしい。
*  *  *
 何と言うことか。翌朝は、仁美の乱れた死体が無惨にも木津川にうち上がっていた。
 往等は言葉を失し慟哭していた。その後、往等を見かけるものはなかった。

 ※この物語はフィクションです。


 
■著者プロフィール■
地上 亮(じがみ あきら)
昭和27年生まれ
 綴喜郡井手町在住

 京都府立鳥羽高等学校教諭。著書に「日本水滸伝」があるほか、「椿説弓張月」「日本水滸伝・」「アライブ」などの作品をホームページで発表している。

■バックナンバー
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