花、発見
夕方の冷たい風が運ぶ稲藁の臭いで秋の深まりを知ります。稲刈りが終わると、田一面に刻まれた藁が撒かれているのが最近の秋の風景です。しかし、稲架け・天日干しの米が旨いとの噂が広がり、近頃、稲架け風景が増えつつあります。旨いの真偽の程は不明ですが、米粒にとっては、稲刈り後も穂に付いているので「後熟」が起こり、成分に変化が生じることは間違い無いでしょう。特に自家米では、コンバインで刈らずに、バインダーで結束し、稲架けし、脱穀するという手間暇掛けて収穫する「こだわり」が流行ってきているようです。「こだわり」を経験しようとして、小川近くの畦畔沿いで、束ねた稲穂を半分に分けて架けようと見下ろした草むらに、ピンク色の可憐な花を見つけました。カワラナデシコです。
紹 介
ナデシコ科に属し、草丈40センチ、茎節が膨らみ、縁が細かく切り込まれた淡紅色の花弁を5枚もちます。中国からのセキチクとこのカワラナデシコの交雑種が、江戸時代、伊勢(松阪市)で改良が進み、江戸に伝わり伝統園芸の文化を築き、イセナデシコ(伊勢撫子)を誕生させました。
何本にも分かれ縮れながら、長く下に垂れ下がる花弁が特徴です。自力で下垂花弁を解きほぐすことができないので、人が櫛や爪楊枝でほぐしてやるという、まことにやっかいな代物です。しかし、江戸地において競って育種が行われ、何と20センチの垂れ下がった花弁をもつイセナデシコも登場しています。現在は伝統園芸種として一部の愛好家たちによって保存栽培されています。
流行といえば、今年の若者男性のはやりの色は「ピンク」だそうです。世の若者男性が優しくなってしまったからだと社会心理学者の弁。「大和撫子」と表される女性の華やかさ優しさの復権を願いつつ、ピンクの流行の繰り返しを眺めたいものです。英文「Pink is pink」のPinkはナデシコのことで、欧米でもピンク色を表す代名詞にもなっています。
環 境
秋の野原は色彩豊かです。基本的に短日植物であるため、寒くなるまで受粉を完了し、実をつけなければなりません。受粉の立役者である虫たちを如何に花に誘い込むかの厳しい戦略が練られます。秋に色とりどりの花が咲くのはこのせいです。山里の生活の変化によって山際畦畔地の草刈りが疎かになり、また耕地整理によって周辺自然草地が破壊されたため、秋の決戦場でピンクの魅力で虫達を誘惑していたカワラナデシコは、徐々に、山城地方から姿を消しつつあり、絶滅危惧植物の仲間に入れられました。
今後のつきあい
「草の名はなでしこ。唐のはさらなり、大和のもいと愛でたし」と枕草子に書かれてるように、日本の女性の美しさを表す代名詞である大和撫子は、カワラナデシコでしかないのです。決してナデシコの仲間のセキチクやカーネーションでは代役を務められません。
「萩の花 雄花葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花」万葉集に詠まれた山上憶良の秋の七草に登場する撫子の花は、カワラナデシコのことで、憶良の秋のピンクを愛でる気持ちが秋風のように伝わってきます。
春先に道端でよく見かけるミミナグサ(耳菜草)これもナデシコの仲間です。白い小さな5枚の花弁を持ち、茎は毛が密生しているので銀緑色に見えます。外来のオランダミミナグサに在来種が駆逐されつつありますが、勢力を持ちます。同じナデシコでも勢力を持たないカワラナデシコを絶えさせないように、つまり大和撫子を存続させることは、文化の継承でもあると考えます。