わての小さいころやから、もうずうっと昔のことやけど、薪(たきぎ)の村は日照(ひで)りが続いて、田植えをしたものの、田は干上(ひあ)がり、白うなってひびさえ入っておったんや。
おとうとおかぁは、毎朝、空を見上げては、今日こそはと雨を待っておった。
「今年の米はどうなるんや、巽の夕立でも来たら助かるのになぁ」
「巽(たつみ)の夕立(よだち)と隣のぼた餅は、来そうで来んと言うやろ」
「困ったもんや、そろそろ亀に酒飲ませな、どもならんのとちがうか」
と村人らは話した。
とうとう雨乞(あまご)いの日がやって来た。
雲一つない晴れた日やのに、わての家でも、おとうとおかぁが、雨装束(しょうぞく)で出かけた。男はすげ笠にシュロの蓑(みの)を着て、女はすげ笠に畳表に油紙を張ったカッパを着ていくんや。
かんかん照りの暑い日に雨が降るようにと願いを込めて、重うて暑い雨装束をつけて、汗をかきかき村中総出で、井手川へ向こうた。
雨乞いするほどの日照りの年はめったにないので、わてはめずらしゅうておもしろいので雨乞いの様子をじっと見ておったんや。
雨乞いをする村人たちは、水のない井手川の川さらえをしながら、甘南備山(かんなびやま)を目指して亀を探しながら歩いた。亀が見つかると、一升瓶を持った男が、「亀さんはお酒が好きや、たんとお酒を飲んで、たんと雨を降らしておくれ」
と言うて、酒を飲ませて亀を井手川に戻してやった。
そのあと、雨装束のまま一休寺へ参って、「雨が降るように」と雨乞いをかけたんや。
すると、西の空から黒い雨雲が薪にやって来て、雨がポツンポツンと降ってきたかと思うとやがて本降りになって、村人はやれやれと胸をなでおろしてよろこんだんや。
あんなたいそうな格好で大勢の村人が、雨乞いをかけたんで神仏が雨を降らしてくれたんやなと、わても嬉しかったんもんや。