昔、長池の村に島利兵衛という名の男がおった。若い時から漢方(かんぽう)にもよく通じていて、山や野に育つ草木や木の実、木の皮を見つけては病に効くと、皆に教えておった。
その後、利兵衛は、なんとかして村人の役に立ちたいと考え、漢方の知識を生かして、薬の原料を扱う問屋をなりわいとしたんや。
ところが、利兵衛の店に幕府ご禁制の薬草があったのやて。気の毒に利兵衛はお縄になって、牢屋(ろうや)に入れられてしもうた。
おしらべの後、島流しの刑に決まったんやて。流罪(るざい)先は山城から遠く離れた南の琉球(りゅうきゅう)島やった。
さて、利兵衛は琉球島で暮らしているうちに、島の人が奇妙な物を食用にしていることに気がついたんや。
やせた土地に植えた苗木が、秋になると薄い紅色の花を付け、やがてつるが延びて土中に根の塊が育つ。それを炊いて食べていたのやった。琉球いもや。
利兵衛も一口食べてみると、これがとてつもなくうまい。その上、荒地でもどっさり収穫できる。飢饉(ききん)の時にこのいもがあれば、村のみんなもどんなに助かるか。
利兵衛の心に浮かぶのは、なつかしい故郷の長池のことばかりやった。早く帰りたい、と幕府からの1日も早いご赦免(しゃめん)を待ち望んでいたんや。
やがて、11年の歳月が流れ、利兵衛はやっと許されて長池に帰れることになった。たいそう喜んだ利兵衛は、琉球いもを持って帰ろうとした。ところがお役人に、
「島から持ちだすことは禁止されておる。勝手に持って出たら罪に問われるぞ」と苗を取り上げられてしもたんや。
しかし、利兵衛はなんとしてでも故郷に持ち帰りたかった。そこで、ちょんまげの中にこっそりといもの苗を隠して村へ戻ってきたそうや。それらを近在で広めたんが寺田いもや。
今、大蓮寺にある利兵衛の墓には、さつまいもの形をした墓石が建ててありますのや。