昔むかし、鷲峰寺には天狗様がおったと。
天狗様にも、赤い顔やら青い顔やら、良い天狗様や、いたずら天狗様と、いろんな天狗様がおったんや。
良い天狗様はな、いつも鷲峰山のてっぺんの大きな木の上から下界をのぞいて、悪い猟師をこらしめたり、山道に迷った子供を助けてやったり。
なかには、とびきりいたずら好きの天狗もおってな。鷲峰山の大岩をひとまたぎして、山仕事の村人をびっくりさせたり、人が困ってオロオロするのを見て喜んでおったんや。
ある寒い日、山寺に、いたずら好きの天狗が山ほど薪(たきぎ)を背負って立ち寄らはってな。
「和尚、寒くてかなわん。この通り、薪もあるし、いろりにあたらせてくれ」
そういうと、ドデンといろりの前に座り込んで、どんどん薪を投げ込んだ。火は寺の天井に届きそうに燃え上がってな。それを見た和尚が、静かにさとすように言った。
「いくら寒いといっても、そんなにたいたら危ないやないか。いろりのたき方を教えてやろう」
天狗は、黙ってプイと出て行った。
その日の夜遅く、天狗は、こっそりとつるべで井戸水をくんで、どんどんいろりにかけてな。朝、和尚が起きて顔を洗おうと井戸の水をくもうとしたら、水は底の方に少し残っているだけ。和尚はしばらくポカーンと立っていたが、いろりの間に入って、またまたぎょうてん、いろりがみずびたし。
やっとの思いでいろりをもとどおりにして火をいれたところへ、知らん顔で天狗が戻ってきた。そこで和尚。
「この高い山の上ではな、水は仏様のお恵みじゃから大切にせにゃあかんのじゃ」
いつもは、穏やかな和尚が、顔を真っ赤にしておこっているのを見て、天狗は大喜び。
その夜も、天狗は水を運ぼうとしたが、何度やってもどうしても水がくめん。変やなと桶をよう見たら、なんとまあ、底がぬいてあったんや。
「こいつは、和尚にいっぽんとられたわい」
天狗は桶をつるべごと井戸にほり込んで、カッカカッカと笑いながら山へ帰っていったんやと。